今夜細雨又蒙蒙


文:曉楓婉月
天空下,蒙蒙的細雨纏綿著,輕輕的,柔柔的,如柳煙,似花絮,溫柔至極,極致溫柔,又極像我們心中不滅的情愫。她不知不覺的來,帶著長長的期盼,泣戚的又悄然地默默而去。這樣的雨難得一遇,尤其是在這樣秋高氣爽的傍晚。若,身處屋內,不能感同身受,必須走出去——
看著這蒙蒙細雨洋洋灑灑的,如敘訴久別重逢的情語,我甚是喜歡了。也許,這樣的雨會下得很長,很繾綣,也許,它會讓你心生一份厭倦的情緒,也許,她隻會讓你的心變得更加的寧靜,更加的恬逸、更加的悠遠,一如此時此刻。
這蒙蒙的細雨能夠滌去我心上的塵埃嗎?四下裏,隻有蟋蟀癡語,蚯蚓細吟······
“我又相信愛情了”——這是出現在我手機裏的一句話。看著它,仿佛是說從別人的愛情那裏得到了愛情的驗證——從一個懷疑的角度又回到了信任的位置······我知道,發出這樣嘆息的不僅僅止你一人而已,早在許多年以前就有人傳遞出這樣類似的信息。我以為,這樣的傷情悲喜,這樣的嘆謂著實地可憐,如讓我遭遇著一場太陽雨,眼看在燦爛的陽光下,在廣袤的天空裏突然砸下一陣密密匝匝的豆大的雨點來,心裏由衷的喜悅立刻被一陣濕漉漉的雨水侵襲著。
我迷糊,怎麽不相信愛情了?愛情會背叛誰,還是我們背離了愛情?是她沒讓你去信任,還是你沒把自己信任?
許久以來,我一直沒有想過愛情需要誰去信任的,以為,隻要堅持著那一份心,愛情便一直都在那裏,堅定不移著依賴著你,需要著你,親愛著你,哪怕是你曾經有負於她或者猶豫著矛盾著決定是否離去,不管世事萬千變化,不管時光走去多遠。我知道,愛情就是愛情,她無責,無罪、也無錯。在這異彩紛呈的世界裏,愛情就是一個孩子,一個十分地天真可愛的孩子,她傷不起,她需要你去幫助她長大,即便如此,那成長的過程也遠遠緩於婚姻的過程。有時候。愛情來得非常的超前,當你的身心剛剛邁入青春年少的門檻,她就不知不覺地闖入了你的心裏;有時候,愛情卻十分的滯後,當你所有的一切都已完備就緒,她還是羞羞怯怯的姍姍著不肯降臨到你的臂膀。
怎樣的愛情才是愛情呢,這不僅僅是我們需要就可以完成的,她從來沒有以千篇一律的麵貌出現過,也從來沒有以假惺惺的態度對待過。她總是在你不知不覺的時候,以一個意外,一份驚喜,一下猛然的姿勢降臨到你的生活之中,始料不及。當你恍然明白這就是愛情的時候,你已經無法離開她了,她也早已深深地紮根在了你的心裏,甚至花開在了你的生命之中。此時此刻,你是幸福的,是溫暖的,是感動的。這無法割舍的愛情如同數九寒冬裏依著火爐慰籍著冰冷軀體的你,如同炎炎夏日中竭待清清涼涼的水驅走暑氣難當的你,隻因為除了愛情,在你房前屋後的還是愛情。
大凡愛情都是這樣:它豐富著我們的情感;彌補著我們的缺憾;點亮著我們的婚姻;照耀著我們的人生;給予著我們無盡的動力與責任。其實,在愛情裏,真正需要長大的是我們自己,因為愛情需要在我們的羽翼下安暖,需要感受人間的疼愛。
帶有激情的愛情無可厚非,但不會被激情所取代,在那裏,隻會慢慢增加擔任的意義,產生緊緊把握的意念。以趨利為目的的“愛情”絕不是愛情的意義,以欲望本能的快樂為終極的“愛情”也不是愛情的歡喜,那隻是愛情的替代品或是犧牲品,是你那一個欲望的俘虜,若是如此,你還能剩下多少的氣力去駕馭你人生的方向呢?
有愛情的婚姻無疑是幸福的,她一如你人生的指明燈,可以把你前麵需要走的路照得清亮。沒有愛情的婚姻無疑是痛苦的,但未必都是不幸的,因為婚姻也同樣需要努力,有時候,愛情一直就在那裏,在你我之間,不左也不右,不離也不棄,差的隻是一個你說走就走,說離就離的轉身的距離。
有什麽事物才可以決定怎樣的愛情呢,或者決定愛情的走向?也許,你是怎樣的,愛情便是怎樣的。愛情從來不會主動於你,卻可能被動於誰,愛情無法選擇你,你,卻可以自由地作出選擇。是的吧,是這樣!愛情會影響你一個人的人生走向、你的命運,甚至扭轉你一個人的價值觀念和取舍。在這個世界上有許多幸與不幸是由一個人的眼界決定的,由你的態度左右著,愛情當然也在此例。在我們的生活中愛情從來都是一個弱者,她無法與你做一場如商品一樣的交易或者買賣,因為愛情從來都不是商品,她不能估價,也無法估價,這無法估價的愛情一如我們生命中不可分割的骨肉,一如你的孩子,你的心肝寶貝。
自古以來,愛情是不需要誰去信任的,需要信任的是有一個值得對方信任的你,一個應該、能夠或者必須做出讓所愛之人信任的,值得信任的言行舉止和事物。生活中,凡事都需要有一個憑藉,一份依托,在彼此取暖,彼此依靠,彼此一起牽起愛情這份責任裏更是如此。所以說,這世上不存在什麽不可靠,不值得信賴的愛情,有的恐怕隻有一個不可靠的你,一個不值得信賴的自己。
還是少說一點吧,說多了會傷透你心的,我也該回去了,何況愛情還在等著我回家呢······

提高人才培養質量的關鍵在提升教師的教學水平


王小力 李宏榮 徐忠鋒 張孝林
摘 要:辦好一所大學,最重要的是需要有一批高素質高水平的教師數學老師。提高高校人才培養質量的關鍵在於提升教師的教學水平和提高教學工作的科學化水平。這既是當前高校深化教育教學改革的關鍵環節,也是探索創新現代大學教學管理體製建設的難點和熱點問題。本文針對教師如何提高教學水平,尤其是如何提高青年教師的教學水平,提升人才培養質量,構建科學化的高校教學管理評價機製等問題,進行了深入思考並提出若幹意見和建議。
關鍵詞:教師;教學;改革;評價機製
大學辦學的根本目的是培養人才,隻有始終將培育一流人才放在首位才是大學的立校之本。隨著國家中長期教育改革與發展規劃綱要的實施,現代大學治理和教學管理體製創新的深化,回歸大學的育人本源已越來越被高校所重視。要培育一流的人才,就要有一流的教學,而要有一流教學則先要有一流教學水平的教師。因此,高校花大氣力提升教師,尤其是提升青年教師的教學水平,重構教師教學管理創新體製是提高人才培養質量、建設為國育人文化、營造良好育人環境的關鍵和抓手所在。
如何提高和評價教師的教學質量與教學水平,已有不少論述。針對目前高校麵臨的教育教學改革的新形勢新情況和新要求,我們認為,高校教師的科研工作水平的確關係著教師的發展,但要成為一名勝任本職崗位要求的教師,其評價的主要指標是要能夠開展一流的教學工作,能夠培養一流的人才,能夠成為推動高等教育健康穩步發展的教學大師。高校辦學中如果處理不好教學與科研的關係,如果不能使教書育人、為人師表成為高校教師的道德規範,如果不能持續提升教師的教學水平,不僅教師會喪失其安身立命的平臺,創建一流的高等教育和培養一流人才都將成為空洞的口號,需要引起在改革發展中的高校的高度關註。
一、更新教學觀念、提升自身素養是教師做好教學的重要基礎
教師肩負著為中華民族的偉大復興、培養大批人才的光榮使命。這就要求教師要始終把培養一流人才放在心上,要自覺提升教書育人的素質、能力和水平,要夙夜在公、勤勉工作,不負重托,不辱使命。教師從事教學工作的表觀作用在於傳遞知識,其目的在於使學生最大程度地掌握教學內容的知識點、思維方法和學習訓練,這是教學過程要實現的基礎層次。而教師從事教學工作的高層次,則是通過教學活動引領學生建立科學的思維模式、研究方法和拓展視野,培養學生服務國家、服務人民的社會責任感,培養學生勇於探索的創新精神和善於解決問題的實踐能力,繼而達到開發學生的創新意識、創新潛質和創新能力。所以,教師的教學工作不能僅僅傳授知識,更重要的是激發學生的學習興趣和探索科學奧秘的求索精神。
教學實踐證明,要不斷激發學生的學習興趣,就要求教師與學生之間建立密切的交互溝通關係,這是教師成功組織教學的基本點。也就是說,教師隻有將教與學兩個方麵協調配合,教學工作才能取得良好效果。孔子曰:“臨之以莊,則敬。孝慈,則忠。舉善而教不能,則勸”。要做到這一點,教師首先應自覺提升自身的綜合素質,要培養自身的人格魅力,包括提升自身品行和藝術修養等。例如,高校普遍開設的大學物理課程是高校學生必修的一門重要基礎課程,其內容涉及力學、熱學、光學、電磁學、振動與波動學等諸多自然科學中的基本現象、基礎理論和基本實驗內容,還包括狹義相對論、量子力學等現代物理學的基本內容。這門基礎課程的學習,不僅使學生係統地了解掌握物質世界運動和演化的基本知識、基本規律、基本理論和研究方法,也為學生的後續專業學習和未來從事科技工作奠定了重要基礎。然而,教師在教授這門基礎課程過程中,如果僅僅傳授知識,很難激發學生的學習活力。這就要求教師要通過組織教學,讓學生從教師自身對物理現象、問題、方法以及應用的孜孜不倦探究中,從教師對物理思想和歷史精髓的挖掘中,感受到物理世界的奇妙和博大精深。進而激發學生掌握物理知識、研究方法、實際應用和發展趨勢的興趣,使學生在學習基礎課程中體會其廣泛的應用價值,從而培養學生的創新意識、創新思維和創新能力。因此,教師要實現一流的教學首先需要不斷增強自身的綜合素養,爭取做到以下幾方麵:(1)不斷了解現代高等教育教學理論,在教學中處理好科學性與思想性相結合、知識積累與智能發展相結合、教師主導與學生主體作用相結合、基礎理論與應用實踐相結合、知識的係統性與認知的循序漸進相結合等方麵的關係,不斷更新教育教學觀念,不斷豐富自身的教學品質。(2)建立教師自身的教學哲學,形成有特色的教學風格。也就是說,教師在教學工作中要十分明確其扮演的角色,正如常說的,教師最好的教學是教師智慧的創造,也是教師的表演藝術,教師要通過教學活動成為學生的知識庫、傳授者、指導者和合作者,才能使得學生從教師那裏學到知識、掌握方法和接受訓練。(3)要為學生的學習創造積極向上的環境氛圍,教師要使用多種評估策略琢磨學生的學習心理活動,診斷和滿足學生的各種學習需求,使他們在課堂內持續集中學習的註意力,在課堂外保持學習的主動性。也就是說,教師在學生麵前不是一個簡單的信息人,不是教書匠,而是學生麵前的鮮活獨立的思想者和行動者。
原文地址:http://www.edu.cn/edu/cooperate/dxjx/201508/t20150807_1299788.shtml

体操、柔道、水泳、日本のお家芸


オリンピックといえば体操NIPPON、柔道NIPPON、水泳NIPPON 日本のお家芸と小さいころのアナウンサーの絶叫にも似た興奮した言葉が今でも耳に残っています。

そして1964年、東京5輪升降桌で3位に入った円谷選手のことをうたった「一人の道」を、オリンピックのたびに思い出します。

その円谷選手の自殺というニュースを聞いた1968年、私はまだ13歳、母や祖母が「可哀想に」と言っていたように思います。
時代という背景もあったのかもしれませんが、今あらためてWikipediaで読んでも、ヒドイ!と思います。

円谷選手が自殺した後に作られた歌「一人の道」を聞いた時は、心が震えました。
この歌は今でも、少しは歌えます。歌詞の升降桌中に「日本のためのメダルじゃない」というところがあり、「そうやそうや」と当時思ったものです。
その思いは今もあります。

「一人の道」は、1974年に発売されピンク?ピクルスのシングル曲。

歌詞はコチラで見られます。

YouTubeから探してきました

近頃では、若い選手の方々がわりとドライにオリンピックを楽しむという面も一部見えますが、やはり日本の代表とか、メダルの期待とか様々なプレッシャーを抱えて試合に望んでおられることと思います。

日本のためのメダルじゃないんですけど、まだまだ日本のためのメダルにもなっていると思えてしまいます。

今日は体操NIPPONが、団体で金メダルをとったので、何度升降桌も放送していました。

スポーツは、確かに人の心を動かしますね。

したらあま子に


次の日、とにかく医者へ、と車に向かうものの、何かにつかまりながらでないと
どうにも立てない。5メートルほどの距離を10分以上かけて車に到達。
自分で運転して何とか医者天然狗糧 に行くことができました。
腰が立たないから両手で膝を支えて車から降り、ひざを両手で押すように支えて歩き、
診察室に入り事情を話すと、
「ギックリ腰ですな。念のため 腰のレントゲンも撮りましょう」との事。
レントゲンなんか無理~っ、寝かせてくれい、と思いましたが、仕方なくレントゲン室に。
台に乗るのも一苦労。遅々たる動きでスローモーションの世界營養師 です。
「腰を伸ばして息止めて」って言われても、それができないっつうの!!
看護士さんに抱えられながら撮影を終え、またもや診察室へ移動。もう泣きそう…
レントゲンを見た先生の「久々に見た、こんな頑丈でキレイな骨。骨年令ハタチ!」
の言葉に「わ~い!」と喜んだとたん、ズキッ。
「電気かマッサージかして明日から働けるようにして」と頼みましたが、
「急性のギックリ腰はマッサージや電気などもっての他。触っかん。1週間安静!」
との診断でした。

その日は楳図かずおのヘビ女状態での移動でしたが、翌日はターミネーター移動に
回復しました。
2日ほどは自分のお尻も拭けず情けなさに涙したが、3日目からはキレイに拭けました。

骨はハタチでも身体はやはり50です。
咳してもズキッ、くしゃみしてもズキッ、寝返中醫抗衰老 りうってもズキッ、もう何しても痛い。

なのにダンナは夕食時間になるとチンと椅座り、「ご飯は?」とひとこと。
「作れるかぁ~っ!!」と怒鳴りたいとこですが腰に力が入らんから怒るのもできん。
私の状態を見てそんなん言うかと頭に来たけど、「作って」と言うのもしゃくにさわるので、
「覚えとけよ」と思いながら死ぬ思いで作りました。

母は太陽、とはよく言ったもの。母が倒れたら家庭は回りません。

母の存在の大切さと偉大さを改めて感じた次第です(感じたのは私だけ…)。

皆様も奥様やお母様を大切に、日ごろからちゃんと手伝い助けてあげて下さい。少し寒さがゆるんで春らしくなったなぁ、と思ったのもつかの間、もう梅雨入り?

く忌み嫌う信頼



普通じゃないか?? と思う人もいるかもしれないが、お局さまが理不尽にキレまくるのはいつものことで、自分が見た限德善健康管理りでは一回も謝罪しているところを見たことがない。

気付いたころには、お局さまはたまに怒ることはあっても、理不尽にキレることはなくなっていた。

自分がこの職場を辞めるとき、けっこう色々と心配してくれたりもした。

 

いま思うと、色々とつながる部分がある。

自分はこのお局さまのような人と、むかし一緒に仕事をしていたことがある。

 

「自分が慣れていない人に対して、必要以上に厳しい人」

 

「それは仕事への慣れの問題ではないか」と思う人もいると思うのだが、同じような行き違いや仕事上の失敗があっても、初対面に近いころとある程度仲良くなったあとでは対応が天と地ほども違う。

会ったばかりのころは目の敵にされていたのに、慣れてきたらいつの間にかしょっちゅうお菓子をくれたり、仕事を率先して手伝ってくれたりした。

何かきっかけがあったりではないので、こちらは訳も分からず面くらうこ德善健康管理とになる。

形を変えた人見知り、ツンデレの一種なのだろうと解釈している。

「性格だから仕方ないのだろうけど、もったいないな」と思うのは、デレたあとが本当に優しいからだ。「本当は優しいのに、蛇蝎のごとわれる」というのは、本人にとっても周りにとっても損な気がする。

 

あともう一点、謝られたときに気づいたのが、この人はたぶん相当強がって生きているのだろうなということだ。そういう態度をとらざるえない、何かがあったのだと思う。


「相手が自分の弱いところを攻撃してこない」といがなければ、「謝罪」という行為はできない。「弱みを見せれば、他人というのは自分を攻撃してくる」そういう発想があると、他人の前で頭など下げられない。


「自分の非を他人に対して認められる」のは、謝罪を受け入れてくれると相手を信頼する強さが必要だ。

親しい相手ならばともかく、見も知らぬ人に対してもそういった信頼を抱營養師ける人は、真に強く器の大きい人だと思う。

 

えられながしま



今だとウィキペディアの文字を見ていても、いろいろ感動が蘇ってきます。


火曜日の夜は、波留さんの「ON 異常犯罪捜女性脫髮査官?藤堂比奈子」を見ています。

が、これ、気持ち悪い????。

姉が初回で同じ理由でリタイアした気持ちが分かってきました。でも、その時は「ああ、そう。面白そうじゃん。」と思っていたのですが、気持ちが悪いと思っても、ここまで来たら誰よりも異常なヒロインがどうなっていくのか見届けなくては、気持ちが悪いと言う気持ちが納まらないような気もします。

…だから、一応リタイアはしないのですが、気持ち的には…あんまりって感じです。

私は、ご存知の方もいると思いますが、意外とシリアルキラーのミステリーは好きです。異常犯罪の物語も。

でも???これ、限界を超えている。

異常犯罪は異常な人がやり、通常または普通の人々とは一線が引かれているのが普通の感覚。普通に見えていた人がその線を超えて異常になっていくのは理解できます。でもこれは「見えていた人が」って所がポイントで、普通だった人が憎しみのあまりと言うのは、ちょっと違うような公司註冊気がするんですよね。

憎しみのあまりめった刺しの殺人とか言うのは分かりますが、普通は抑えられない衝動でと言ってもそこが人間としての限界で、普通だった人が憎しみのあまりと言えどもあんな凝った気持ちの悪い殺人をするわけがないと私は思うんですよね。何を言ってるかと言うと、前回の小銭殺人の事です。あんな気持ちの悪い事を普通の人は考えることは出来ないし、一人の死に様を見たら、その異常性に目が覚めると言うものじゃないですか。

それにひとり殺すのに100万ぐらいの小銭がいるのなら、300万の出費があったわけで、そのお金でいい方向に立ち直っていく事は考かったのかしら…だいたいゲーセンで小銭を300万集められるのかしら????。

なんか、腑に落ちん。

まっ、とにかく気持ちが悪い、コレ。

 

だけど波留さんのお芝居が上手いのか、この装っていると言うドラマ内での演技が最初は自然に見えたものが、徐々に装っていると言う感じが強くなってきました。

装っているんだと言うお芝居って、しかもそれが徐々に少しだけ崩れていくと言うそれって、かなり難しいですよね。波留さん頑張っている。もうそれだけでもリタイアしないで見ようかなと言う気持ちにもなるような気す。サイコパスになる人も、最初からではなく悩み苦しんでいるのかも壹美健 好唔好しれませんよね。←ずっと悩み苦しんで、そのまま人生の終わりまで持ちこたえて欲しいです。じゃないと、他の人に凄い迷惑が掛かります。

 

砂色の美したいこと



 エスはベランダに置かれたデッキチェアの上で再びまどろんだ。

 復帰は実に素っ気ないものだった。ロクがマサゴの警察本部に出頭し、シスカの身柄を引き取ったただそれだけだった。ロク1人で来るようにとの但し書きがついていたし、親子水入らずで語り合いたいだろうという配慮もあって、サエやアツコ達は顔を出していない。あれだけ話題にM字額なったのに、マスコミ関係者の姿もない。ロクにとってはとてもありがたいことだったが、拍子抜けのする事態だった。何かしらの圧力が働いたのだろうロクはそう考えてこの事態を納得することにした。
「お父さんですね?」担当の婦人警官に尋ねられて「はい」と答えるのは何となく気恥ずかしかったが、反面誇らしくもあった。
 玄関でそれを見送ったロクは自分の寝室に入り、ゆったりとした部屋着に着替えて心を落ち着かせた。そしてユーティリティーで顔や手を洗いうがいを済ませてから、ダイニングキッチンに顔を出した。
 シスカはダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた。コートは隣の椅子の背にかけられている。
「おかえり」ロクは努めて平静を装って声を出した。
「ただいま」シスカがはにかみながら答えた。
「大変だったな。疲れたろう?少し眠るか?」ロクは成立公司ようやく労いの言葉をかけることができた。
「ううん」シスカは顔を左右に振った。「大丈夫。話しがたくさんあるんだ。今、眠ってなんかいられない」シスカの声が強くなった。
「そうだな。俺も聞きたいことが山ほどある。どこかへ食事に行くか?それとも」全部を言い終わる前にシスカが言葉を被せた。
「家で食べたい。誰にも邪魔されたくないんだ」
「わかった。じゃぁ、食事の支度をしながらでいいか?材料はたっぷりと揃えてある。酒もな」ロクは最後の部分に力を込めた。
「そうしよう!何を作る?」シスカの顔に笑顔が戻ってきた。2人は並んで冷蔵庫を覗き込んだ。
 ロクはゆっくりと進行方向を見渡した。キャノピーの外はどちらを向いても見渡す限りすべてが砂漠だ。それはある意味洗練されたい世界だったが、高温、細かい砂、気まぐれな砂嵐、すべての環境は劣悪だった。だがそんな環境の中、フライトは微妙なバランスを保ちながら順調に推移している。今のところは、という但し書き付ではあるが。気温が相当に高いため空気の密度が低く、設定通りの高度を維持するためには、いつも以上に神経を使う。ロクはコパイロット席に座っているキャシーにチラリと目をやった。キャシーはそれに気づくと瞬間的に笑みを浮かべたが、またすぐに見張り業務に戻った。
 キャシーはここへ赴任してからコンビを組んだ整備士で、いっしょに飛び始めて3年になる。年齢は33、明るくて仕事熱心だが、コンビを組んだ頃はまだ経験が浅く、整備士としての技量はいまいちだった。だが意欲的で吸収が早く、まるで乾燥した頭髮護理海綿体の様に知識と経験を吸収し、ロクと組んで3年で優秀な整備士に成長した。ロクは優秀な教官でもあった。